役所広司の圧倒的な演技力が光る映画『うなぎ』(1997年)は、今村昌平監督がカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した傑作です。銀行員・山崎努が妻の不倫現場を目撃し殺害する衝撃的な幕開けから始まる本作で、役所は仮出所後、静かな町で鰻料理店を営みながら社会復帰を試みる複雑な役柄を見事に演じ切りました。
鰻というモチーフは単なる食材を超え、主人公の内面の暗流を象徴的に表現しています。水槽で飼育する鰻に独白を続ける孤独な男の姿に、役所は言葉少なげながらも眼差しと身体表現で人間の根源的な欲望と救済への希求を浮き彫りにしました。社会の底辺で生きる人々との交流劇を通じ、監督が追求した「人間の土着的なエネルギー」が、役所の抑制された演技によって現代的な解釈を得た点が特筆されます。
刑務所から届く鰻の差し入れという設定に込められた「再生」のテーマは、役所広司の深みのある演技によって観客に強い印象を残します。本作は単なる犯罪ドラマを超え、人間存在の本質に迫る芸術性の高さで、日本映画史に残る金字塔となったのです。